気になるけど

PC関連情報、ビジネス書、IT資格などについて書いていきます。 ただいま不定期更新中です。

2011年09月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年11月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Twitterでつぶやく

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

「否」と叫ぶことの難しさ

■「断る力」

 先日、書棚に眠っていた勝間和代さんの本「断る力」を、今さらながら読みました。2009年に初版を購入していたので、もう2年以上経過してからの読破です。積ん読にもほどがありますね…。書いてあることについては、なるほどな~と思わせてはくれましたけれど、書評を書く気がおきない、ということで私の気持ちを察していただければと思います(苦笑)

 書評を書く気もないのに、どうしてわざわざ勝間さんの「断る力」をここで挙げたかというと、実はこの本を読んでいた時にたまたま、故スティーブ・ジョブズの言葉「(イノベーションは)1000ものことにノーと言う必要があります」というのを思い出したからです。そうだよな~、まずは「Say No」を突きつけることから始まるんだよな・・・と、勝間さんも結局はそういうことが言いたいのかな~、などとブツブツつぶやきながらあれこれ考えていました。

 そうして「断る力」を読み進めていると、ふと頭の中に安岡正篤氏の「果断、果決」という言葉が浮かんできました。この言葉はメルマガ「致知」を読んでいて見つけた言葉でして、私の手元の資料では、雑誌『致知』1999年8月号でウシオ電機会長の牛尾治朗氏の話しの中で出てきたようです。

「果断」とは、物事を思いきって行うこと。決断力のあること(by デジタル大辞泉)
「果決」とは、一般的な意味合いは「果断」と同じのようですが、安岡氏の説明によれば、果実がまだ実らない小さいときに間引く決断とのことです。


 将来の最高の果実を得るために間引く決断をするということは、「断る」ということと、「ノー」を突きつけることと、抽象化していけば同じことを意味するよな~、なんてことをまたダラダラ考えていて、これはもう、このテーマでブログを書けという神の思し召しなのかと考え、ネタにしてみました。長い前フリで恐縮ですが、よろしければお付き合いください。

■断ることの実体験

 私の実体験なのですが「Say No」を突きつけてしまい、少しだけ自己嫌悪に陥った話を書きます。

 取引先の方で、仕事が出来て、将来有望で、とてもきさくなS氏がいらっしゃるのですが、たいへん野球好きというか、日本ハムファイターズ好きな方でして、よく「今度一緒に応援行きましょうよ!」と言われていました。私は野球をそんなに嫌いではないのですが、サッカー好きということもあり、野球もサッカーも見てたらいくら時間があっても足りないという、タイムマネジメントの観点から、野球に時間をあてがうことを止めています(他の理由もありますけど…)。そんな中、そのS氏から「今度の週末、いい席のチケットがあるので一緒に日ハム応援に行きましょう!」と直接お誘いが来ました。

 正直言って、相当逡巡しました…。仲良くさせていただいてますし、仕事上のお付き合いもありますから、「一回くらいなら…」と前向きな返事をしようとも考えましたが、結局丁重にお断りをしました。しかも、自分はサッカーバカだということを正直に伝え、野球には興味がないことをも伝えました。おそらく今後、S氏からは二度と誘われることはないと思います。それを重々承知していながら「断り」をいれました。ひょっとしたら仕事上の影響もあるのかもしれません…。その分フォローはしていますけども…。

 「なんだお前、そのくらい行けよ、バカだな」と思われる方のほうが多いと思いますし、自分でも「1回くらい行ってもよかったよな」と、気にやむところもあります。コミュニケーション能力が無く、取っつきにくい人間だなと、思われているかもしれませんね。

■私が断った本当の理由

 じゃあ気まずくなることを分かっていながら、なぜ断ったのか?

 それは、金がなかったからとか、たまたまその時予定が入っていたからとか、週末の時間を興味がないことに費やしたくないからとか、どんどん浅ましい部分が出てきますけど(苦笑)、一番の理由としては、

一度行ってしまうと、当然次もあるだろうことを危惧した

ということです。

 貴重な週末の時間を、今後も継続的に、野球観戦及びそれに付随する酒宴に取られたくなかったのです。もちろん、次に誘われたかどうかはわかりませんし、考えすぎなのかもしれません。ですが、昔似たようなことで、なかなか抜けられなくなった事例がありまして、そういったことに懲りている、というのも影響しているのでしょう。

 また、S氏達と一緒に応援して、楽しく盛り上がり、自分自身がハマってしまうかもしれない…、というありがちな影響も考慮しました(笑)私は周りに影響されやすいことを自覚しているので、周囲に流されてしまい、いつの間にか自分から積極的に野球観戦に気持ちが向いてしまうのだけは、避けたほうがいいと考えています。

■将来の時間を軽んじない

 多くの方々は、今週末の1日と、その1年後の1日を比べた時、1年後の1日の方を軽く考えるというか、そこまで意識を持てないはずです。そんな先の話しなんて知らんわいと、怒られてしまいそうですけど、私はその1年後の1日の時間を、今興味がわかないことに費やしてしまうことを恐れています。もっと言いますと、1年後の1日を自分でコントロールできないようでは、自分の夢とか目標なんて、持たない方がいいとさえ思っています。

 偉そうに語っていますけど、1年後の自分がどうなっているかなんて、私にはわかりませんし、誰にもわかるわけありません。でも、今思い描いている1年後の自分の姿からは、懸け離れているのは確かです。そんなことしているヒマがあるなら、やるべきことをやれよと。週末に継続的に野球観戦することが、お前の望みだったのかと。違うだろと。そこまで考えているのなら、今の時点でリスクコントロールしておくにこしたことはありませんよね。

 この「将来の時間」の考え方については、以前勝間和代手帳2009を購入した時、手帳内の一節に以下の文言があったものに感銘を受け、強く意識しているのだと思います。

多くの人は将来の1時間の価値を
現在の1時間の価値より
軽くみています。

「10年後の1時間を
同じ1時間の重みで考えられる人」と、
「10年後の1時間がものすごく小さく
なってしまう人」がいるのです。

将来を見据えて、あらかじめ
「時間の投資」をしておくことで、
成果を出しやすくすることができます。


 それまで「将来の時間の重み」なんて考えがなかった私には、よき戒めの言葉になったと思います。

来年使う手帳に「勝間和代手帳2009」を選定
by 気になるけど

■サンクコスト化を避ける

 時間は有限ですし、将来の1日を軽んじてしまうことは、これまで自分に投資してきたものがサンクコスト化してしまう(埋没してしまう)ことにつながりかねません。それが1日だけならばいいですけど、継続的に時間を費やしてしまうことになると、これまで自分が投資してきたものを捨てることにもなりかねないし、今の自分への冒涜にもなります。

 少なくともある程度の将来的なビジョンを想い描いている私には、もし日ハムの熱狂的なファンになってしまったとして、大きくそのビジョンから外れてしまうことに結びつきかねません。たかだか野球観戦だろう…と訝る方もいるかもしれませんが、日本ハムファイターズが東京から札幌に本拠地を移転した2004年以前には、北海道にはほとんど日ハムファンはいなかったと記憶しています。あれから8年経過していますが、私の周囲だけでも相当数の熱狂的ファンが存在しています。

 野球に興味のなかったお年寄りや主婦の方々までも巻き込み、相当数のファンを獲得したということは、それだけの吸引力を伴う魅力があるのは間違いありません。流されやすい私などは、その魅力の虜になるのは論をまたないでしょう(笑)冬の宮崎キャンプまでにも押しかけてしまいかねません…。

 もちろん日本ハムには、ペナントレースを制覇して欲しいと思っていますし、北海道のプロ野球チームなんだから応援したい、という気持ちもあります。でも、今後の人生の多くの時間を、日本ハムの応援時間に費やしたいかというと、そんな気はまったくありません。適度のファンレベルで済めばいいですけど、あまりにも熱狂的になると、人生が狂ってしまうこともありえます。どうせ狂うならば、自分が大好きなサッカー日本代表で狂いたいですし(笑)

■自己投資の確認にも「Say No」が必要

 ここで書いたこと(日ハムの例)は、極端な解釈であるのは自分でもわかっています。でもあながちあり得ない話でもないとも思っています。なにがきっかけで、自分の心が奪われ、そこに多くの時間と情熱(パッション)をつぎ込んでしまうか、誰にもわからないのですから。

 私には色々と今後やりたい事がありまして、そのためにタイムマネジメントを学び、時間管理ということを研究してきた経緯がありますので、自分の投資してきた事に「Say No」を突きつけるのは、是が非でも避けて通りたいです。

 当然投資に見合ったものが手に入りそうであれば、存分に時間とパッションをつぎ込めばいいですし、実際思い描いているもの以上の成果を手にしたら最高だなと思います。そのために頑張ってきたと言っても過言ではないのですから。

 しかし、今自己投資していることが、将来的に正しくない道を選択している可能性も否定できません。自己投資ならぬ事故投資に向かっているかもしれませんよね。

 そのためにも、今自分のしている事や、今後の夢とか目標とか、果たして本当に己の望んでいる道なのか、修正した方がよいのか、自分なりの評価基準を持つために、ブレのない決断と注力システムを運用する必要があります。

 その考え方の基礎になるのは、「断る」とか「ノーと言う」とか「果断・果決」の考え方なのではないかと思うわけです。つい欲張って余計なことをしがちな私には、故スティーブ・ジョブズのように、「ノーと言う」ことにより、照準が定まり、集中すべき事柄に注力できるのではないでしょうか。

集中するとかピントを合わせるとかいうのは、集中すべき案件にイエスと言う
ことだと思われるのが普通です。それは大きなまちがいです。集中すべき案件
ではない、100種類もの優れたアイデアにノーと言うことなのです。

by 『スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション―人生・仕事・世界を変える7つの法則』


 「Say No」をやり過ぎると嫌われてしまい、天涯孤独になってしまいそうなので、ほどほどにしたいところですけども、これからの時代に、とても必要な概念だと考えています。

■おまけ

 最後にちょっと脱線しますが、とある温泉地にある豆腐屋さんの話しをして終わりたいと思います。。

 大規模な温泉地にある小さな豆腐屋さんがありまして、大小さまざまなホテル・旅館などから、数百・数千単位での、大口注文を受けており、特化型のビジネスモデルを展開しています。

 ある時、その豆腐屋と取引していない大きな規模の旅館から、「宿泊しているお客様が冷ややっこを食べたいと言っている。お前のところで注文してやるから豆腐一丁だけ今すぐ持ってこい。」と言われ、「うちはそういう商売をしていないので結構です。」ときっぱり断ったそうです。その話を私が聞いた時は「お客様は神様なんだし、そういうのに細かく対応することがサービスなのではないか?」と内心思いました。

 でも「断る」「Say No」「果断・果決」ということの重要性がわかってきた今ならば、なんとなくその意図や職人のプライドを感じ取り、認めることができそうです。全ての人が大切なお客様というわけにはいかないですし、今後苦労するかもしれない相手との取引はしないに越したことはありません。

 でも、でもですよ、もしそのことがきっかけで、あらゆる嫌がらせをされたり、評判を落とされたりしたら敵いませんよね…。ひょっとしたら、そのことがもとになり、大口の注文をしてくれるようになるかもしれません。そう考えると、機会損失とも捉えられます。

 どうするのが正しい選択なのかは、私にも答えが出せませんが、「お客様は全て神様です」と、なんでもかんでも相手の言いなりになる1択よりも、「断る」という2択目があった方が、いいような気もします。また、今回だけ特別という選択もありますし、逆にその旅館をdisるなんて対抗策も選択の一つです(苦笑)

 結局何が言いたいかというと、「断る」「Say No」「果断・果決」ということを推し進め過ぎるのはよろしくないかもしれないということです。使いどころが難しいスキルでもありますよね。否定されて面白く感じる人はいませんから、何らかの遺恨に発展する可能性はあるのだということは、心にとめておきたいものです。

 「断る」「Say No」「果断・果決」については、他人に突きつけるよりも、自分自身に突きつける、一種のツールとして、己の中に取り込むようにした方が、いいのかもしれません。難しいですね。
Twitterでつぶやく
スポンサーサイト

| 自己啓発 | 22:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

ブジャデで気付かないことに気付く

今回は「デジャブ」ならぬ「ブジャデ」という言葉について紹介するとともに、その考え方を使い、己の足下に眠る宝を探してみよう!という流れで書いていきますので、よろしければお付き合いください。


●ブジャデって何?

 さて皆さんは、「ブジャデ」という言葉をご存知でしょうか?聞いたことがない方も多いかもしれません。私がこの言葉を知ったのは、『夢をカナエル』ビジネスに役立つ52の法則というメルマガで、数年前に紹介されていたのを見たのが最初です。

 この言葉が日本で大きく取り上げられたのは、ロバートサットン著「なぜ、この人は次々と「いいアイデア」が出せるのか」という書籍で紹介されたからと思われます(2002年発刊)。その辺りのことは、2005年に下記ブログで紹介されております。

「ブジャデ」って言葉、知っていますか?
by 夢をカナエル! セレンディピティBLOG

 私なりにこの「ブジャデ」を要約すると・・・

何度も体験しているのに、新鮮に感じること=ブジャデ



 という捉え方をしています。また、

「何度も見ているのに、実は気づいていない現象」
「何回も見ているのに、初めて見たような感覚」



など、自分が注意を払い、関心を持たないと、つい見逃してしまう重要なこととも言えるでしょう。


●ブジャデの語源となるデジャブ

 一方、ブジャデの反意語で、語源に当たる「デジャブ」ならば、多くの方がご存知ですよね。

デジャブ(既視感)
by wikipedia

「実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じること」



 実は多くの人が、デジャブを体験したことがあるのではないでしょうか。私の周りにもデジャブ体験者が多く存在します。

 デジャブという言葉で、私が最初に思い出すのは、映画「マトリックス」にて、主人公ネオが目にした、同じクロネコが2回通り過ぎた時に「デジャブ」とつぶやいたワンシーンでしょう!この映画内では、プログラムに変更が加えられた際に起こるという設定でしたが、キアヌ・リーブスの「デジャブ」という発音が格好よくて、強く印象に残っています。


●私のデジャブ体験

 実は私、デジャブがしょっちゅうあります・・・。つい先日も、仕事先の関係者が家を新築し、お祝いがてら遊びに行った時に起こりました。

 見たことのない新しい綺麗な家の台所から、居間でくつろぐ自分の子供達を眺めつつ、酒を飲み、知人と語らうというシーンを、おもいっきりデジャブして、まるでそのシーンを、事前に夢か何かでみていたかのように、はっきりとしたビジョンが頭の中に浮かんだのです。

 「あ、今このシーンを見たことがある!デジャブだ!」と話したら、その場にいた方々に薄気味悪がられました。変な人だと思われたかもしれませんね。正直あのフラッシュバック感は、自分にとってもあまり気持ちの良いものではなく、見てはいけないものを見てしまった・・・という罪悪感のような感覚すらあります。

 あたかも未来を覗いてきたような、スピリチュアルな感触に、少しだけ心躍るものがありますけれど、実際のところは、デジャブが起きたからといって、何か特別なことが起こったことは無いですし、今後起こるとも思えません。私が小さい頃は、「自分は未来に行ってきたのだ!」と、さも特殊能力を得たマンガの主人公になったような妄想を抱き、一人で興奮してたのを今でも覚えています。懐かしい思い出ですね。


●そもそもブジャデから何を得られるのか

 私がこの「ブジャデ」という言葉とその意味合いを知った時に、真っ先に頭に浮かんだのが、家族のことです。私なりのブジャデの解釈で、「いつも顔をあわせているのに、そのありがたみにあまり気づいていない」と、そんな風に思い浮かべてしまいました。

もっと家族を大切にしなければいけないのではないか?
もっと家族のためにやるべきことがたくさんあるのではないか?
もっと家族への感謝をした方がいいのではないか?

 そういう想いが交錯し、思わずこれまでの自分の言動や態度、生活様式などを思い返し、もっと家族に優しく接する必要があったのではないかと、反省しちゃいました…。

 人は、目の前にあるものに、注意をしないと気づかない生き物です。目では見ている気になっているだけで、その視覚情報は、脳で全て処理できていません。脳が全ての情報を細かく的確に処理し続けていたら、きっと頭の中がパンクしてしまうでしょう。そのため、必要なものだけを「意識的」に処理し、必要なもの・必要でないものを分別しているのが現実です。その必要か必要でないかのジャッジ自体は、意識的にコントロールしない限り、不要な情報として、脳内で処理されることはありません。

 ならばその意識から外れてしまった中に、いつも何気なく見ている風景や人、テレビや映画などの映像、PCや携帯電話の画面など、見落としている「重要な何か」が、隠れているかもしれません。潜在意識が不要と判断しているだけで、実は自分にとって大切な「何か」が見つかるかもしれません。

 その「何か」を見い出すことにより、新たな知見や、教訓、改善点など得ることができると考えています。些細なことや、つまらないことでもいいので、もっと広い目(鳥の目)でもって眺めてみたり、細部に着目してみる(虫の目)、なんてことを繰り返していくうちに、生新な概念なんかが見つかれば儲けものです。いわば、自分だけの宝探しのようなもんですかね。

 私はそんな「何か」を見つけることを、「セレンディピティできた」という表現を使っています。セレンディピティについては、拙ブログでも紹介していますので、よろしければご覧ください。自分なりによく書けている過去エントリーだと思っています。

セレンディピティを味方にしたい
by 気になるけど


●実際にどうすればいいのか?

 ブジャデの概念を、

「何度も体験しているのに、新鮮に感じること」
「何度も見ているのに、実は気づいていない現象」
「何回も見ているのに、初めて見たような感覚」



などと定義したうえで、役立つツールとして、カラーバス効果を応用したやり方を行えば案外見つけやすいのではないでしょうか。

カラーバス効果
by wikipedia

カラーバス効果を利用?できる?
by 気になるけど

 カラーバス効果は、事前に「赤いものを見つける」と決めておいて外に出ると、自然に「赤い」ものが目に飛び込んでくるような効果のことを指しており、色だけでなく、別なものでももちろん構いません。

 例えば「○(丸)」の形をしたものを見つける、と決めて視線をずらしていくと、身の回りに多くの「○」を見つけられます。数字とか文字の中にも、多くの「○」が含まれている、なんてことがすぐに見つかるでしょう。

 「色」や「形」の他にも、「大きさ」に着目してみるとか、「音」に耳を澄ましてみるなど、やり方はいくらでもあります。事前に意識して探すだけですから、簡単です。

 しかし大事なことは、探し続けて新たなものを見つけた後に、その意味をどう解釈するか、ということ。意味付けですね。ただ見つけるだけならば小さい子供でも出来ますから。

見つけた「何か」と、他の情報をどう関連付けるのか
見つけた「何か」に、どういう意味を持たせるのか
見つけた「何か」を、自分にどう役立てられるか
etc



 そういった視点に立ち、意識しながら意味付けをしていくことで、己の足下に眠っていた宝、掘らなければ決して見つかることの無かった宝を、享受することができると考えています。

 まあ私自身、たいした宝を見つけていませんのでアレなんですけども・・・。もし興味があれば試してみてください。普段目にしているものの中に、実は大切な「何か」が隠れているかもしれません。


●おまけ

 今回「デジャブ」という言葉を使い、なかなか気付けないことに気付く、ということを書いたつもりですが、過去にも似たようなエントリーを書いていますので、よろしければ合わせてご覧ください。

消滅していた問題意識に気付いて思ったこと
by 気になるけど

普段何気なくしている事柄にもっと目を向ける
by 気になるけど
Twitterでつぶやく

| 自己啓発 | 23:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。