気になるけど

PC関連情報、ビジネス書、IT資格などについて書いていきます。 ただいま不定期更新中です。

2012年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2012年07月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Twitterでつぶやく

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

自宅でのスマホ・タブレット・PC事情

 皆さん、スマホを自宅で使っていますか?

 私はスマホというかiPhone4Sを、自宅ではあまり使わなくなってしまいました。そもそも自宅で使うiPhoneアプリといえば、メールとか家計簿ソフトのActive Money、ミュージックアプリのChordbot、それとエンピツ君でのアイデア出しという、iPhoneでしか使えないようなものが多いのですが、使わなくなった理由ははっきりしていて、画面が小さすぎて目が疲れるのと、バッテリーの消耗が激しいからです。眼精疲労は年齢のせいもありますけど、バッテリーについては仕方ないことと、諦めの境地です。

 では皆さん、タブレット端末は自宅で使っていますか?

 タブレット端末といえばiPadですけども、こちらは自宅でそれなりに使用はしています。ですが、子供に使われている確率が高く、家庭内使用頻度は相当数あるのに、持ち主は触れないというジレンマ状態…。さすがにiPadクラスのディスプレイサイズだと目の疲れも無く、長時間眺めることが可能です。バッテリーも思ったより持つので、重宝しています。なのに手元にあらず・・・。

 世間的には、やれスマホだ、やれタブレットだと、今後も普及率は上がると思われますが、私は時代に逆行するかのように、自宅ではデスクトップPCの使用率が俄然高くなっています。

 これにはいくつか理由がありまして、上述したように、iPhoneでは画面が小さすぎること、iPadは子供に取られっぱなしなことがまず挙げられます。そして、デスクトップ用の高音質スピーカーを購入したことや、デスクトップの高速で多用な動作に回帰したというのも理由に挙げられますかね。あとはDTM(デスクトップミュージック)を復活させたのも大きな理由ですし、さらには、つい最近ディスプレイをLEDの高照度液晶に変えたことも、ますますデスクトップPCに傾倒する理由の一つになろうとしています。

 まあどちらかというと、使う用途を明確に分け、デスクトップPCを母艦としながら必要なデバイスにアクセスするという感じでしょうか。これまでは床に転がりながらiPhoneやiPadのアプリを何となく操作して満足できていたのですけど、だんだん使う用途や目的が明確になり、深い部分まで突き詰めようとすると、iPhoneやiPadでは物足りなくなってきました。そうなると必然的にPCへとシフトし始めたというか、戻ってしまったという感覚です。

 取っ掛かりの役割をモバイルデバイスに担ってもらい、薄く広くならしていった後に、深く濃い部分をPCで成型するというのが、最近の自宅での活用状況です。

 そうそう、めっきり使用頻度が下がってしまったのが、CALVノートPCのAspire1410です。

 家族も使えるようにと食卓テーブルの上に鎮座していますが、たまに嫁さんや息子が起動させるだけで、あとは置物と化しています・・・。起動が速いわけではありませんし、必要なアプリが入っているわけではないし、すっかり陽の目を見ることはなくなりました。

 これも時代の流れなのでしょうが、試行錯誤しつつ製品をチョイスし続けた結果そうなったのであり、今後も新しく魅力的なデバイスが発売されたら、飛びついていこうと考えています。

 その筆頭となりそうなのが、Amazonで発売間近のKindleです(2012年6月28日現在の話)。Kindleは電子書籍を読むための、目的特化型デバイスですので、文字通り電子本を読むためだけに導入するつもりです。Kindleについてはこのブログでもしょっちゅう名前を挙げておりますし、発売されれば電子書籍元年となりそうな2012年の大ニュースとなりそうな予感もあります。

 数年前までは紙の書籍をAmazonでポチッと購入することが多かったのですけど、お金がいくらあっても足りないので、節制していたら、いつの間にか本を読む時間も少なくなっていきました・・・。しかも読みたい時に購入したとしても、本が自宅に届くまで2日ほど待たなくてはなりませんので、その分「読みたい!という熱意」も冷めていることが多く、これが電子書籍ならすぐ読めるのに・・・と思うことも度々。

 恐らく全ての書籍が電子化されることは無いでしょうが、PHP研究所などの出版社は全ての書籍を電子化する契約をAmazonと結んでいるようなので、ビジネス書好きな私には、また本を読む機会が増えるのではないかと、ワクワクしております。

 いずれにせよ今後は、己のライフスタイルや目的意識に沿って、使用するデバイスを柔軟に変えながら、成果物にこだわっていきたいと考えています。スマホもタブレットもPCも、ただの道具としてではなく、己の重要なパートナーとして愛を注ぎながら、クリエイトしていけたら最高の日々となるでしょう!

 そしてまだ見ぬ未来のデバイスに憧憬の眼差しを向けながら、今後も命尽きる時まで四苦八苦しながらも、楽しんでデジタルデバイスを使い続けていきたいものです。
Twitterでつぶやく
スポンサーサイト

| iPhone・iPad・Kindle | 00:02 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

やる気を一瞬にして奪う言葉

 今回は、夢や希望を持つ人を、一瞬にして奈落の底へ堕としてしまうような言葉を発するのを止めよう、というテーマで書いていきます。おそらくそういうやる気を奪うようなひどい言葉「やる奪言葉(やるうばことば)※1」を発する人は、悪気はないのでしょうが、少なくとも将来の芽を摘むことも考えられるので、私の体験を交えて書いてまいります。よろしければお付き合いください。
※1=私の造語です…

 もう20年以上も前の話しで恐縮ですけど、私は中学校~大学時代の間、将来は音楽関連(楽曲製作)の現場で働こうと考えておりました。当時はバンドブームやら何やらで、毎日が音楽で溢れていた時期でもあります。私も中学1年生からピアノを習い始めたりして、結構本気で、大人になったら音楽で飯を食う、なんてことを夢見ていた、青い時期であったのが懐かしい思い出です。

 そもそも何故音楽の道を志したかというと、理由は実に単純でして、音楽が好きだったから、自分の手で楽曲を作ることに楽しさを感じていたから、というものでした。ありがちな理由ですね…。

 当時私は、ポップスからジャズ、演歌からクラシックまで、多くの音楽に興味を示し、ジャンルの枠を取っ払って、自分の中に「音楽の貯蓄」を施していました。「楽曲を作る時、どれだけ多くの音楽を聞いてきたかが重要だ!」と尊敬する恩師に助言されていたこともあり、忠実に、さまざまな音楽を、分け隔てることなく、聞きまくっていた学生時代でした。

 当時、音楽スタジオに赴き、実際に自分の曲を聞いてもらったりとか、楽器屋とか音楽イベントの現場など、多方面から積極的にアプローチをしておりましたが、大学3年の時に、ふと放たれた言葉がまさに転機となってしまいました。その言葉とは…

もう音楽界で新しい音楽なんて出てくるわけがない。だってコード進行はもう全て出尽くしたんだから。そもそもビートルズで全てが終わっている…。無駄なことはしない方がいい。

 この言葉は、当時尊敬する音楽スタジオの経営者さんに言われた一言で、何気ない会話の中だったのですが、もの凄くショックを受けたのを今でもはっきり覚えています。ちょうどその頃、楽曲製作において、コード理論関連で行き詰まり、深く悩んでいたこともあり、もう新しい音楽を作ることはできないのかと、一瞬で情熱が冷めていくのがわかりました。それこそ音楽なんて楽しくないかも…くらいの落ち方でした(苦笑)当時は本当に真面目だったのでしょうね…。いや、そもそも私の考え方や心構えが甘かったのです。お恥ずかしい限りです。

 今思えば、そんな他愛も無い戯言を真剣にとらえ、夢も希望も無くしてしまったのですから、その程度の自分が音楽の道に進まなくて正解だったと、本気で思っています。ただでさえ打たれ弱い性格なのに、プロの現場で通用するとは到底思えません(笑)だから今は凄く感謝しています。もしプロの道に進んでいたら、おそらく今よりもずっとダメ人間になっていたでしょう。

 ただ、今振り返れば、「いい経験になったね」と美談のように扱えますが、当時の若かりし私にしてみれば、尊敬する方に、よもやそんなことを言われるとは思いもよらず、しばらく腑抜けた状態になったのは確かです。きっと、他の人に言われても心に響かなかったと思います。ちょうど悪いタイミングで、尊敬する方にズバッと言われたからこそ、あそこまでやる気が失せてしまったのだと、そう分析しています。

 私自身を批判したり、私の音楽性を咎められたのであれば、修正していけば前に進めるのですけど、根本的なところで「音楽はもう死んだ」的なことを言われ、夢も希望もついえてしまったのでしょうね。

 金が取れる鉱脈で、これから一山当ててやろう!と野心剥き出しで現地に向かったはいいけど、ここはとっくに金は掘り尽くした、などと権威のある方に言われたとしたら、その場所で掘ろう!という気にはならないと思います。

私にとってはまさに「やる奪言葉(やるうばことば)」に他なりませんでした。

 自分でも甘っちょろかったな~とか、あの時もう一度踏ん張っていればとか、悔やむ気持ちもあり、どうしてあの言葉を受け流すことができなかったのか、そうすれば違った人生を歩んでいたかもしれないと思うと、つい自分を責めたくなります。

 ささいな一言であっても、夢も希望もついえてしまう、そんな言葉が世の中にあるのだと、身をもって理解できたことが収穫といえば収穫です。ですが、出来る事ならあの時、あの場で、聞きたくなかったなと、多少相手を責める気持ちがあるのも偽らざる本音です。

 まあ今更何を言っても遅いのですけど、自分もいい年齢に差し掛かり、若い人達に同じことをしていないか?と問われると、途端に不安になったりします…。さらには、自分の息子に対しても、やる気を奪うようなひどい言葉を投げかけていないかどうか、とても心配になってしまいます。

 私も一人の人間なので、イライラする時や怒ってしまう時もありますけど、そんな時に相手のやる気を奪うような、ひどい言葉を投げかけてしまったことが、一度や二度ならず、あったような無かったような・・・。

 言葉は人が想像するよりも「重み」を持つ時があります。それこそ、一人の人生を大きく変えてしまうような「言葉」だってありますし、かけられた「言葉」により生まれ変わることだってあるのです。どうせ言葉を発するのならば、良い影響を与えるような、前向きな言葉を常に発していたいものですね。

 人に良い影響を与えるような言葉は、突然発することはできませんので、普段から自分の言葉に気をつけ、少しでも私の周りにいる人が前向きになれるような、勇気を振り絞れるような、そんなプラスの言葉を目指していきたいものです。

 最後に、当時私がショックを受けた言葉を前向きに打ち消して終わりたいと思います。

新しい音楽は今後もたくさん出てくる。コード進行なんて一つの型でしかない。魂に響く歌詞、心の奥底に浸透するリズムとビート、そして清濁併せ呑むようなメロディとフレーズは、この先いくらでも生まれるだろう。新旧の音が複雑に絡み合いながら、これからも多くの人達を楽しませていくのだ。音楽は死なず。
Twitterでつぶやく

| 自己啓発 | 22:30 | comments:2 | trackbacks:1 | TOP↑

| PAGE-SELECT |

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。