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その恐怖は本当に怖いのか?

久しぶりのブログ更新ですが、いきなり恐怖体験から入りますので、怖い話が嫌いな人は読み飛ばしてください。

 それは先週のことでした。週末を利用し、家の周りの草むしり作業を行なった私は、普段体を動かさないこともあり、相当疲れたのか、その夜は10時間以上熟睡してしまいました。おかげで次の日は夜中になっても目がランランとしていて、これは夜更かしパターンだなと、ある種の覚悟を決めていました。次の日は仕事だったので、早く寝ようかとも思いましたが、あまりにも眠くなく、目はさえるばかり。仕方がないので、PCのディスプレイを眺めつつ、お気に入りのビジネス書を読んだりして、一人の時間を満喫しておりました。

 まるで時間を忘れたかのように、本の内容に集中していた私は、すっかり時間の概念が抜け落ち、文章の世界に没頭しておりました。

 読んでいた書籍が終盤に差し掛かった頃、まったく不意に、何の前触れも無く、突然異変が起こります。

「な~んま~いだぁぁぁ~~~~~~・・・・・・・・・」

 耳元で響く、地の底から死霊が這い出してきたような、この世のものとは思えないくらい、低く気持ち悪い声がはっきりと聞こえてきました!しかも聞こえてきたのは本当にすぐそば。室内か窓のすぐ外という距離感!!

 一瞬耳を疑いましたが、もちろん部屋の中には誰もおらず、家族も寝室で寝静まっているし、窓も閉めていたのでそんな声が聞こえるはずもなく、正直オドオドしていました。ふと壁にかかっている時計に目をやると、午前2時ぴったり。丑三つ時(うしみつどき)の声ということで、途端に恐怖が私の全身を覆い、急いで家族のいる寝床へ駆け込みました(笑)

 私はどちらかというと、スピリチュアルな体験をしてきた方なので、「これはやばい!」という危機意識が働いたのでしょうか。ビビッている私は布団をかぶり、ドキドキしながら早く眠ろうと、気ばかり焦りましたが、緊張していたのと眠気が少なかったこともあり、そう簡単に眠れるわけもなく、不安溢れる長い一夜を明かしましたとさ…。



 とまあ、先日発生した恐怖体験を書いてみましたけど、あまり怖くなかったかもしれませんね。気持ち悪い声を聞いた身としては、もう身の毛がよだつ思いでした。鳥肌が全身に発生するような感覚、思いだしただけでも嫌な気持ちになります。

 翌日朝食時に、家族にこの話をしたところ、寝ぼけていたのだろうとか、夢見たのだろうとか、実は子どもの寝言が聞こえたのでは?とか、散々否定されましたけど、実際に声を聞いた私にしてみれば、「そこまで言うならば同じ思いしてみろよ!」と、文句の一つもつけてやりたくなりました。

 さて、なぜ冒頭にこのような怪談話を繰り広げたかというと…

人の恐怖には根拠がない

ということを語りたかったからです(苦笑)

 真っ暗な墓場を一人で歩くのとかって、怖いですよね。でもなぜ怖いかというと、幽霊が見えるかもしれないとか、心霊体験をするかもしれないなどと、起こってもいないことに怯えているからだと思いませんか?

 いやいや、実際にお化けを見たんだ!とか、本当に声を聞いたんだとか、それこそ恐ろしい目に遭ったことのある人も多いかもしれません。実際私もこの世のものとは思えない声を聞いてしまったので、恐怖体験をしたと明確に言えます。

 でもですよ、でもですね、じゃあ突然恐ろしい声が聞こえたからといって、それこそ死を身近に感じてしまうくらい、生死に関わる鬼気迫るような状況だったかと言われると、違いますよね。

「ただ、恐ろしい声が耳元で聞こえた」というだけなのです。それ以上でもそれ以下でもないです。おっかないですけど。

 冷静に考えれば、「だからどうしたんだよ?気のせいじゃないの?」と、ビビリの自分に疑問を投げかけたくなります・・・。人間の声じゃないものを聞いて、魂でも吸い取られるのが明白ならば、それはもう、おしっこチビりそうなくらい怖いでしょうけど(すぐそこに死が迫ってますし)、その後は結局何も起きていないのだから、怖がり損ですよね。

 じゃあ何故あれほど、私は恐怖を感じたのでしょうか?

 一つには、未知のものへの恐怖です。正体が知れない人知の及ばない存在だと心が認識してしまったが故に、途端に悪寒がはしるような、背中に刺すような冷たい視線を感じるような気分になってしまったのかと。

 二つ目は、これまで体験してきたスピリチュアル的な恐怖を想起させてしまうからです。それは、はっきりと意識がある中で、この世のものではないものを見てしまった・聞いてしまったことがあるからなのですが、その時の恐怖が体に染みついているから恐ろしいのだと、自分なりに分析しています。

 そう実は、過去の体験や、そういった知識、または無知が、恐怖を呼び起こしている原因でもあるのです。よくよく考えてみると、その恐怖には根拠が乏しいことが多いのです。まあ、実際に声を聞いてしまった私としては、なかなか「そんなの気のせいだろう」という気持ちにはなれませんが…。

 後で冷静になって考えると、あれほど怖がることもなかったのではないか?と、いたたまれない気持ちになりますが、程度の軽重はあるにせよ、誰にでもそういった「恐れ」はあると思います。幼い頃は、補助輪の無い自転車に乗ることに恐怖を感じましたが、乗れるようになった途端、恐怖感なんてどこかに吹っ飛びましたよね。

 うちの嫁さんなどは、高い橋の上を車で走るだけで、怖くて叫んでしまったりするのですが、これなどは「よくわからない恐怖」が原因と思われます。「落ちたら死ぬかもしれない」という意識が、恐怖を感じさせているのだと思います。実際に過去に橋から落ちたこともなければ、高いところから落ちた経験も無いようなので、これは心が作り出した根拠の無い「怖い」という感情を発露した例と言えましょう。

 そういった事例は枚挙にいとまがありません。皆さん何かしらの根拠の無い恐怖心を持っているはずですし、私もたくさん根拠の無い恐怖を感じる対象があります。

 でも恐怖の根源を突き詰めて考えてみると、いかに恐怖というものが人の心を縛り、本当は簡単に出来ることを難しく遠ざけているのかがわかってくるのではないでしょうか。

 もちろん、恐怖という感情が、大事だということも理解しています。バイクで200kmのスピードを出しながら、手放し運転でヘラヘラしていられる人がいたとして、実際に転んだら命が失われる可能性が限りなく高いのですから、恐怖を感じて然るべきですよね。命を守るための、重要な感情の一つと言えます。

 しかし、実は何でもないことに怖れをなし、一歩も動けなくなってしまうことが世の中とても多くないでしょうか。自分のことを思い返しただけでも恥かしくなるくらいたくさん事例があります・・・。

 そういった根拠のない恐怖が、いかに人の心をがんじがらめに縛っているか、認識できていない人が本当に多いです。もちろん私を含めてですが。私も自分が「ビビリ」だということは認識できていますが、これまで「恐怖」に対して深く考えたことがなかったので、多くの機会損失をしてきたと感じています。

 意味のない恐怖、根拠のない恐怖、起きてもいない恐怖、勘違いの恐怖、どれもこれも人の成長を妨げる、忌むべき感情といえます。

 このことに気づかされた私がとった行動は、恐怖を感じた後に、「どうして今怖いのだろうか?」と自分に質問を投げかけることです。どういう理由で怖いのか?本当にそれは怖いのか?紙に書いて突きつめて考えていくと、大抵の場合は、根拠がない恐怖でしかありません。もちろん根拠がある場合もありますけど…。

 「恐れるな」ということではなく、「本当にその恐怖は怖いのか?」と自問自答した方がよいということです。ひょっとしたら、その恐怖感はくだらない思い込みからくる、まがいものなのかもしれないです。ひょっとしたらその「恐れ」は、ただの勘違いかもしれないのです。

 一度自分が感じた「恐怖」の対象を思い返し、なぜ怖かったのか、どうして恐れを抱いたのか、詳しく分析してみると、本当にその恐怖が怖いのかどうかが明らかになるのではないでしょうか。

 恐怖の感情を抱くと、人間は殻にこもってしまったり、後ろ向きの感情に支配されたり、一歩前に進むことを躊躇してしまいます。発展や向上という可能性を阻害してしまうのが、「恐怖心」のやっかいなところでもあります。

 私は何度も言うように「ビビリ屋」なので、多くの根拠のない恐怖に怯えていますけど、少しでも恐れる感情を克服していくのが、前に一歩進みやすくなる秘訣なのかなと、最近よく思います。

 「恐れ」を振り払うと、それは「勇気」になり、「希望」が湧いてきます。

 今は些細な「恐れ」でも、その種子が成長し、人の心を蝕む「大きな恐れ」になることもありますから、早めに払拭できるに越したことはありません。恐れない心を持つことが理想ですけど、そんなことできるわけもないので、心の片隅に、

「その恐怖は本当に怖いのか?」

という問いかけが住み着いていれば、改善しやすいと考えています。

 これまで「恐怖」ということに意識が向かなかった人がいれば、まずは「人の恐怖には根拠がない」ということを、自分自身で認めるところから、はじめてみるといいのではないでしょうか?

 何回も書きますが、私は本当に「ビビリ」なので、少しでも根拠の無い「恐れ」を払拭できればいいと考えています。願わくば、心霊的な恐怖体験はもう二度とご免なのですけどね~。1年に何度か嫌な経験してしまうので、なんともはや…。
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