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「否」と叫ぶことの難しさ

■「断る力」

 先日、書棚に眠っていた勝間和代さんの本「断る力」を、今さらながら読みました。2009年に初版を購入していたので、もう2年以上経過してからの読破です。積ん読にもほどがありますね…。書いてあることについては、なるほどな~と思わせてはくれましたけれど、書評を書く気がおきない、ということで私の気持ちを察していただければと思います(苦笑)

 書評を書く気もないのに、どうしてわざわざ勝間さんの「断る力」をここで挙げたかというと、実はこの本を読んでいた時にたまたま、故スティーブ・ジョブズの言葉「(イノベーションは)1000ものことにノーと言う必要があります」というのを思い出したからです。そうだよな~、まずは「Say No」を突きつけることから始まるんだよな・・・と、勝間さんも結局はそういうことが言いたいのかな~、などとブツブツつぶやきながらあれこれ考えていました。

 そうして「断る力」を読み進めていると、ふと頭の中に安岡正篤氏の「果断、果決」という言葉が浮かんできました。この言葉はメルマガ「致知」を読んでいて見つけた言葉でして、私の手元の資料では、雑誌『致知』1999年8月号でウシオ電機会長の牛尾治朗氏の話しの中で出てきたようです。

「果断」とは、物事を思いきって行うこと。決断力のあること(by デジタル大辞泉)
「果決」とは、一般的な意味合いは「果断」と同じのようですが、安岡氏の説明によれば、果実がまだ実らない小さいときに間引く決断とのことです。


 将来の最高の果実を得るために間引く決断をするということは、「断る」ということと、「ノー」を突きつけることと、抽象化していけば同じことを意味するよな~、なんてことをまたダラダラ考えていて、これはもう、このテーマでブログを書けという神の思し召しなのかと考え、ネタにしてみました。長い前フリで恐縮ですが、よろしければお付き合いください。

■断ることの実体験

 私の実体験なのですが「Say No」を突きつけてしまい、少しだけ自己嫌悪に陥った話を書きます。

 取引先の方で、仕事が出来て、将来有望で、とてもきさくなS氏がいらっしゃるのですが、たいへん野球好きというか、日本ハムファイターズ好きな方でして、よく「今度一緒に応援行きましょうよ!」と言われていました。私は野球をそんなに嫌いではないのですが、サッカー好きということもあり、野球もサッカーも見てたらいくら時間があっても足りないという、タイムマネジメントの観点から、野球に時間をあてがうことを止めています(他の理由もありますけど…)。そんな中、そのS氏から「今度の週末、いい席のチケットがあるので一緒に日ハム応援に行きましょう!」と直接お誘いが来ました。

 正直言って、相当逡巡しました…。仲良くさせていただいてますし、仕事上のお付き合いもありますから、「一回くらいなら…」と前向きな返事をしようとも考えましたが、結局丁重にお断りをしました。しかも、自分はサッカーバカだということを正直に伝え、野球には興味がないことをも伝えました。おそらく今後、S氏からは二度と誘われることはないと思います。それを重々承知していながら「断り」をいれました。ひょっとしたら仕事上の影響もあるのかもしれません…。その分フォローはしていますけども…。

 「なんだお前、そのくらい行けよ、バカだな」と思われる方のほうが多いと思いますし、自分でも「1回くらい行ってもよかったよな」と、気にやむところもあります。コミュニケーション能力が無く、取っつきにくい人間だなと、思われているかもしれませんね。

■私が断った本当の理由

 じゃあ気まずくなることを分かっていながら、なぜ断ったのか?

 それは、金がなかったからとか、たまたまその時予定が入っていたからとか、週末の時間を興味がないことに費やしたくないからとか、どんどん浅ましい部分が出てきますけど(苦笑)、一番の理由としては、

一度行ってしまうと、当然次もあるだろうことを危惧した

ということです。

 貴重な週末の時間を、今後も継続的に、野球観戦及びそれに付随する酒宴に取られたくなかったのです。もちろん、次に誘われたかどうかはわかりませんし、考えすぎなのかもしれません。ですが、昔似たようなことで、なかなか抜けられなくなった事例がありまして、そういったことに懲りている、というのも影響しているのでしょう。

 また、S氏達と一緒に応援して、楽しく盛り上がり、自分自身がハマってしまうかもしれない…、というありがちな影響も考慮しました(笑)私は周りに影響されやすいことを自覚しているので、周囲に流されてしまい、いつの間にか自分から積極的に野球観戦に気持ちが向いてしまうのだけは、避けたほうがいいと考えています。

■将来の時間を軽んじない

 多くの方々は、今週末の1日と、その1年後の1日を比べた時、1年後の1日の方を軽く考えるというか、そこまで意識を持てないはずです。そんな先の話しなんて知らんわいと、怒られてしまいそうですけど、私はその1年後の1日の時間を、今興味がわかないことに費やしてしまうことを恐れています。もっと言いますと、1年後の1日を自分でコントロールできないようでは、自分の夢とか目標なんて、持たない方がいいとさえ思っています。

 偉そうに語っていますけど、1年後の自分がどうなっているかなんて、私にはわかりませんし、誰にもわかるわけありません。でも、今思い描いている1年後の自分の姿からは、懸け離れているのは確かです。そんなことしているヒマがあるなら、やるべきことをやれよと。週末に継続的に野球観戦することが、お前の望みだったのかと。違うだろと。そこまで考えているのなら、今の時点でリスクコントロールしておくにこしたことはありませんよね。

 この「将来の時間」の考え方については、以前勝間和代手帳2009を購入した時、手帳内の一節に以下の文言があったものに感銘を受け、強く意識しているのだと思います。

多くの人は将来の1時間の価値を
現在の1時間の価値より
軽くみています。

「10年後の1時間を
同じ1時間の重みで考えられる人」と、
「10年後の1時間がものすごく小さく
なってしまう人」がいるのです。

将来を見据えて、あらかじめ
「時間の投資」をしておくことで、
成果を出しやすくすることができます。


 それまで「将来の時間の重み」なんて考えがなかった私には、よき戒めの言葉になったと思います。

来年使う手帳に「勝間和代手帳2009」を選定
by 気になるけど

■サンクコスト化を避ける

 時間は有限ですし、将来の1日を軽んじてしまうことは、これまで自分に投資してきたものがサンクコスト化してしまう(埋没してしまう)ことにつながりかねません。それが1日だけならばいいですけど、継続的に時間を費やしてしまうことになると、これまで自分が投資してきたものを捨てることにもなりかねないし、今の自分への冒涜にもなります。

 少なくともある程度の将来的なビジョンを想い描いている私には、もし日ハムの熱狂的なファンになってしまったとして、大きくそのビジョンから外れてしまうことに結びつきかねません。たかだか野球観戦だろう…と訝る方もいるかもしれませんが、日本ハムファイターズが東京から札幌に本拠地を移転した2004年以前には、北海道にはほとんど日ハムファンはいなかったと記憶しています。あれから8年経過していますが、私の周囲だけでも相当数の熱狂的ファンが存在しています。

 野球に興味のなかったお年寄りや主婦の方々までも巻き込み、相当数のファンを獲得したということは、それだけの吸引力を伴う魅力があるのは間違いありません。流されやすい私などは、その魅力の虜になるのは論をまたないでしょう(笑)冬の宮崎キャンプまでにも押しかけてしまいかねません…。

 もちろん日本ハムには、ペナントレースを制覇して欲しいと思っていますし、北海道のプロ野球チームなんだから応援したい、という気持ちもあります。でも、今後の人生の多くの時間を、日本ハムの応援時間に費やしたいかというと、そんな気はまったくありません。適度のファンレベルで済めばいいですけど、あまりにも熱狂的になると、人生が狂ってしまうこともありえます。どうせ狂うならば、自分が大好きなサッカー日本代表で狂いたいですし(笑)

■自己投資の確認にも「Say No」が必要

 ここで書いたこと(日ハムの例)は、極端な解釈であるのは自分でもわかっています。でもあながちあり得ない話でもないとも思っています。なにがきっかけで、自分の心が奪われ、そこに多くの時間と情熱(パッション)をつぎ込んでしまうか、誰にもわからないのですから。

 私には色々と今後やりたい事がありまして、そのためにタイムマネジメントを学び、時間管理ということを研究してきた経緯がありますので、自分の投資してきた事に「Say No」を突きつけるのは、是が非でも避けて通りたいです。

 当然投資に見合ったものが手に入りそうであれば、存分に時間とパッションをつぎ込めばいいですし、実際思い描いているもの以上の成果を手にしたら最高だなと思います。そのために頑張ってきたと言っても過言ではないのですから。

 しかし、今自己投資していることが、将来的に正しくない道を選択している可能性も否定できません。自己投資ならぬ事故投資に向かっているかもしれませんよね。

 そのためにも、今自分のしている事や、今後の夢とか目標とか、果たして本当に己の望んでいる道なのか、修正した方がよいのか、自分なりの評価基準を持つために、ブレのない決断と注力システムを運用する必要があります。

 その考え方の基礎になるのは、「断る」とか「ノーと言う」とか「果断・果決」の考え方なのではないかと思うわけです。つい欲張って余計なことをしがちな私には、故スティーブ・ジョブズのように、「ノーと言う」ことにより、照準が定まり、集中すべき事柄に注力できるのではないでしょうか。

集中するとかピントを合わせるとかいうのは、集中すべき案件にイエスと言う
ことだと思われるのが普通です。それは大きなまちがいです。集中すべき案件
ではない、100種類もの優れたアイデアにノーと言うことなのです。

by 『スティーブ・ジョブズ 驚異のイノベーション―人生・仕事・世界を変える7つの法則』


 「Say No」をやり過ぎると嫌われてしまい、天涯孤独になってしまいそうなので、ほどほどにしたいところですけども、これからの時代に、とても必要な概念だと考えています。

■おまけ

 最後にちょっと脱線しますが、とある温泉地にある豆腐屋さんの話しをして終わりたいと思います。。

 大規模な温泉地にある小さな豆腐屋さんがありまして、大小さまざまなホテル・旅館などから、数百・数千単位での、大口注文を受けており、特化型のビジネスモデルを展開しています。

 ある時、その豆腐屋と取引していない大きな規模の旅館から、「宿泊しているお客様が冷ややっこを食べたいと言っている。お前のところで注文してやるから豆腐一丁だけ今すぐ持ってこい。」と言われ、「うちはそういう商売をしていないので結構です。」ときっぱり断ったそうです。その話を私が聞いた時は「お客様は神様なんだし、そういうのに細かく対応することがサービスなのではないか?」と内心思いました。

 でも「断る」「Say No」「果断・果決」ということの重要性がわかってきた今ならば、なんとなくその意図や職人のプライドを感じ取り、認めることができそうです。全ての人が大切なお客様というわけにはいかないですし、今後苦労するかもしれない相手との取引はしないに越したことはありません。

 でも、でもですよ、もしそのことがきっかけで、あらゆる嫌がらせをされたり、評判を落とされたりしたら敵いませんよね…。ひょっとしたら、そのことがもとになり、大口の注文をしてくれるようになるかもしれません。そう考えると、機会損失とも捉えられます。

 どうするのが正しい選択なのかは、私にも答えが出せませんが、「お客様は全て神様です」と、なんでもかんでも相手の言いなりになる1択よりも、「断る」という2択目があった方が、いいような気もします。また、今回だけ特別という選択もありますし、逆にその旅館をdisるなんて対抗策も選択の一つです(苦笑)

 結局何が言いたいかというと、「断る」「Say No」「果断・果決」ということを推し進め過ぎるのはよろしくないかもしれないということです。使いどころが難しいスキルでもありますよね。否定されて面白く感じる人はいませんから、何らかの遺恨に発展する可能性はあるのだということは、心にとめておきたいものです。

 「断る」「Say No」「果断・果決」については、他人に突きつけるよりも、自分自身に突きつける、一種のツールとして、己の中に取り込むようにした方が、いいのかもしれません。難しいですね。
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