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読書本シリーズ-2/5回 読みの整理学

昨日から無理やり始めたこの「読書本」シリーズ、早くも2回目の内容まとめに苦慮しながらも、なんとかブログのエントリーとしてまとめあげる事ができました!

とりあえず6冊持っている「読書本」について順々に紹介していこうと考えております。

book.jpg

5日間連続「読書本」シリーズ紹介の第2回目はタイトル通り

読みの整理学


私が勝手に師匠と崇めている外山滋比古さんの著書です。

この本は「読書本」という趣よりは、「読む」という事の本質的なものに迫って解説している本なので「読書術」という観点から言うと、ジャンルに当てはまらないかもしれません。

しかも、外山さんの本に慣れていない方だと、途中で読むのを止めてしまうかもしれないくらい、難解な部類の本でもあります。

私も5回読んでおりますが、その全てを理解するには到底及ばず、今後何度も読み続けるであろうその深い思考力には敬服しておりまして、他の著書も併せて感心するばかりです。

そんな「読みの整理学」なので、私のような若輩ものが解説するなどということは百年早いのかもしれませんが、これまで私がこの本から得た、読みの知識を書いていきいたいと思います。

まず「読み」とは

わかることは読めるが、わからない事は読めない


というものがある事を理解する必要があります。

我々は「本をたくさん読んだ」などと言っても、本当にただ読んだだけという書物がいかに多いことか、その事にあまり気づいていないのではないかと思われます。

外山さんは「マニュアル」を例に挙げていますが、身近なところで言えば、パソコンを購入した時に付属している分厚いマニュアルがありますが、パソコンを初めて触る方がこのマニュアルを読んで理解できるか、と言えばほとんどの人は理解不能であることはなんとなく同意できるのではないでしょうか。

つまりある程度パソコンに明るい人がそのマニュアルを読むのと、まったくパソコンの事がわからない方が読む同じマニュアルは、書いてあることは同じでも、読み手側に差が生じます。

私などは人間として下賎な方なので、そういうマニュアルを初めて読んだとしたら「わかりにくいマニュアルだ。もっとわかりやすく作れや」などと考えるはずです。

未知を読むことが出来ない、さながら暗号のように感じるマニュアルに拒否反応を示してしまうのですね…

全てがそうとは言いませんが、普通マニュアルといえば、きちんと読み進めていけばなんとなく理解できるようなものになっているはずです。

それなのに"自分"が理解できないものだから、「このマニュアルが悪い」と決め付けてしまうのですが、よく考えればそこに落とし穴が潜んでいるのですね。

そもそも分かっていることを読むのはやさしく、分からないことを読むのは難しく、ひどくわかりにくいものである、という事を感覚では捉えているのに、それが腑に落ちていないから、分からないものは「悪」だなどと決めつけてしまうのでしょう。

読みの整理学では、読み手が理解できるような「既知」のものを

アルファー読み

と称して、逆に読み手が理解不能な「未知」なものを

ベータ読み

と定義しております。

つまり先ほどのパソコンのマニュアルの例で言うと、パソコンに明るくない人がこのマニュアルを読む時は「ベータ読み」をしなければならない事になります。

そしてこのベータ読みを推奨しているのが、「読みの整理学」でもあります。

ベータ読みは、アルファ読みと違って、下敷きがない。文字だけを手掛かりにしてわかる必要がある。


そもそも学校などで教える「読み」の教育は、アルファー読みから始めるしかなく、本当に新しいものを得ようとすればベータ読みが必要であるのですね。

この「読みの整理学」ではそういうベータ読みの王道として、難しい内容の本を繰り返し繰り返し何度も読むことによって到達できると説いていまして、どんなにわからない文章や本でも、反覆読みしていればそのうち分かってくるという「読書百篇意おのずから通ず」とか、「葦編三絶=本の綴糸が三度も切れるほど一冊の本を繰り返し読む」などということわざで書かれており、これを読んだ時私は、多読はそういう何度も読み返す本を見つけるための手法として有効だと感じました。

人生の書ともいえる本を何冊手に入れるか、それが今後生きていくうえで正しい針路を取れる事につながると信じておりますし、繰り返し良書を読む事で、己の中に確固たる知識・知恵というものを植えつけることができるはずです。

ただ、同じ本を何度も読みかえすほどの本に巡り合えない人もいれば、読みたい本が多すぎて一冊の本に没入するのを躊躇する人もいると思います。

私は本(主にビジネス書)を何故読むかというと、自分の知らない事柄を手軽な値段で知りえることができるからでして、それは人生の投資とも言えることであると考えており、できることならばたくさんの
本を読み、自分の成長を促すことを目的にしています。

でもですね、一日一冊本を読めたしても、1年で365冊ですし、10年だと3650冊でしかありません。それだけ読んだとしても、未だ見ぬ良書があるのでは?などと勘ぐり、もっとたくさんの本を読むことを止めないかもしれないです。

全てを知りえる事ができるのは、全知全能の神しかいないのですから、あまりたくさんの本を読もうとせずに、自分がめぐり合った難しい良書を繰り返しベータ読みして、己の血肉にしていった方が良いのではと、この「読みの整理学」で気づかされました。

しかし、難しい文章を読み解く作業というのは苦しみを伴いますし、きちんと理解するのに時間も要します。

外山さんはベータ読みについて、

本当に読むに値するものは、多くの場合、一度読んだくらいではよくわからない。あるいはまったく、わからない。それでくりかえし百篇の読書をするのである。時間がかかる。いつになったら了解できるという保証はない。それがベータ読みである。わからぬからと言って、他人に教えてもらうべきではない。みずからの力によって悟らなくてはならない。


と語っており、私にとってはこの「読みの整理学」や、他の外山さんの著書自体がベータ読みしているもの=本当に読むに値する本という認識でして、こういう本に出会えた事は幸せなんでしょうね。

本当はもっとこの本の内容を紹介していきたい部分があるのですが、これ以上書くと読みにくくなりますし、明日の朝になってしまいそうなので終わりとしますが、今後何度か外山さんの著書からブログのネタにすることがあるかと思いますので、皆さんも興味がわいたら手にとってみる事をお薦めいたします。

最後に外山さんのこの言葉で終わりたいと思います。

いくらたくさん本を読んでも、知っていることしかわからない。未知のことは感情移入がおこるようなものしかわからない。というのでは読書は未知を知る手段として機能を果たすことは困難である。
もう一度、読書の方法を検討する必要がある


・・・私はいまだ検討中です(笑)

◎他の回の読書本シリーズ

読書本シリーズ-1/5回 読書進化論

読書本シリーズ-3/5回 フォーカスリーディング

読書本シリーズ-4/5回 王様の速読術

読書本シリーズ-5/5回 本を読む本
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