気になるけど

PC関連情報、ビジネス書、IT資格などについて書いていきます。 ただいま不定期更新中です。

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年末のご挨拶というか来年の抱負

 2010年も残すところあと1日となり、いつものごとく、時の流れの早さに翻弄されまくっている私ではありますが、残り少ないものを憂いていても仕方が無いので、想いはすでに2011年という輝かしい未来へと向けられてはおります。

 昨日のエントリーでもチラッと書きましたが、来年は己の感情を殺し、ひたすらすべき事を淡々とこなす一年にしていくつもりです。

 この「己の感情を殺す」というフレーズは、何と言いますか、喜怒哀楽・悲喜こもごもの感情に動かされ、思考をあちこちに飛ばして西へ東へと気持ちを揺るがすより、1点を見つめ無心で突き進む!という意味合いで使っています。

と言いますのも、

・自分や他人の否定的な意見をいちいち聞いていたら感情が曇り動けなくなる
・そもそも迷いや不安を感じていたら歩は前に進まない
・感情で動いていると、良い状態の時にしか先に進めないことが多い


などということが身をもって分かっているからであり、あれこれと否定的なことを考えがちな私にとっては、心を殺して動く、ということが重要であると気付いたからです。

 また、あらゆる感情を伴った思考を止めることが出来ないのであれば、ワクワクするようなことを考え、楽しい感情を前面に押し出し、より一歩でも前に進めるように仕向けていきたいものです。

 口で言うは易しなのですけど、その辺の感情トレーニング(自主トレ)を密かに行っていた私は、少しだけ自信がついたので、来年はひたすら前を向き、自分の否定的な声や周りの魅惑的な声に惑わされずに、突き進んでいく所存です。

 さて突然ですが、皆さんは「積小為大(せきしょういだい)」という言葉をご存じでしょうか?かの有名な二宮尊徳(二宮金次郎)の教えの一つでありますが、この言葉を拙い私めが意訳すると…

「大きな事を成すためには、小さい事をコツコツと続けていかなければならない」

というイメージで捉えておりまして、小さい事をコツコツ出来ないものは、大きな事なんて出来っこないよ!という戒めの言葉とも受け止めています。

 そして、小さい事をコツコツ続けるのに、一番邪魔になるのは、否定的かつ中途半端で曖昧な言葉や感情ではないかと思うのです。

「こんなことやっても意味が無いよ…」
「こんなのそもそも無理だよ~」
「なんでこんなことしているのだろう?」
「どうせ出来っこない…」
「なんだかどうでもよくなってきた…」
「あの人はこうしてるから自分も…」
「他にこんな事も気になるなぁ~」

 心の中でこのような言葉が渦巻いている人も多いでしょうし、事実私もこういった否定的かつ中途半端で曖昧な言葉を心の中で繰り返しております…。まだまだ修行が足りません!

 人は感情で動く生き物であるのは何となく理解出来ると思うのですが、では感情を抑制することが出来れば、ひたすらコツコツを続けていけるのだろうと思いこんでいます。

 当然、コツコツ続ける「事柄」をきちんと選ばなければ、あまり意味を成さないということは言うまでもありませんし、目的意識がないコツコツも考えものではあります。

 例えば毎日ひたすらコツコツ焼肉ばかり食べていても、将来的に健康面を含め、あまり良い結果が導かれないでしょう。さらにその理由が「ただ食べたかったから…」というのではもう、言葉を失うばかりです…。

 しかし、意図的に毎日違う焼肉屋を選び、食べ歩いて評価した結果を1冊の冊子などにまとめて全国の「焼肉評論家」として名を売れば、コツコツやってきた成果が出たと呼んで差し支えありませんよね。

 到達する目的を見据え、そこに向かって必要な「コツコツ」を続けるものが、大きな果実を手にすることが出来るという、原理原則みたいなものに、自分も身を投じようかと思った次第です。

 2010年は結構「気もそぞろ」でいる事が多かったように思えるので(特に10月~12月…)、2011年は感情コントロールを上手に行い、毎日ひたすらコツコツを続けていくようにしたいですね!

 さて、大晦日は飲んだくれながら大掃除と家族サービスに明け暮れようと思うので、2010年のブログの更新はこれで最後となります。

 このブログを読んでくれるスーパーでスペシャルで神様のような皆さまにおきましては、2011年が最高の一年になりますよう、祈念しております。来年もよろしければ、このネットの端っこの方でグダグダ抜かしているブログではありますが、ご覧いただければ幸いでございます。よい年を…。

fuminchu
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| 自己啓発 | 19:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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自分にとっての2010年を振り返る

 今年(2010年)の年頭に立てた「1年間の目標」や「行動計画」をざっと振り返った時に、色々と達成した事柄が多く、豊作の一年であったような印象がありますが、まったく手をつけていないような、まるで成されていないことも多かったのも事実です…。

 2010年はどちらかというと、意図的に細かく目標や行動の設定をしないようにしていたので、大雑把な項目がズラリと並んでおりましたが、行動に焦点を当てていたというより、ひたすら「思考」を繰り返すことに注力してたような気がします。さらに、長期目標への到達に向けての作業をスタートしたこともあり、総じて良い1年であったのは確かでしょうね。

 そんな自分にとっての2010年を振り返った時に、秋くらいまでは仕事にプライベートにと奮闘していたのですが、例年通りというか、秋以降は気が抜けたというか、尻すぼみというか、10月~12月にかけては毎年夏の疲れが出るのでしょうね(苦笑)

 もちろんその期間何もしていないというわけではないのですが、脳が体に「動け」と命令しても腰が上がらないという、なんとも情けない「ナマケ癖」が表出していたのだと…。例年のことなので「年明けまで待つしかないか…」と半分諦めの境地でした。

 1年間通しての自分の全体的な能力の成長度合いを考えると、前年比15%増しという感触なので、悪い一年では無かったなと評価してますが、ものすごい暴落してしまった部分もあり、結果プラスマイナスゼロなのかもしれません。

その「暴落」してしまった部分というのが、「資格取得」という点です。

 これまで毎年1つは必ず資格を取得するという、自分に対しての「誓い」を立てていたのですが、結局2010年は何も取得できませんでした。本当ならばLPIC-level2の資格を取得して、安泰気分で年末を迎えていたはずなのですけど、そこへの熱意が向けられず、時間の確保も難しかったという顛末。

 先日行われた会社の忘年会でも、改めて社員の資格取得・スキル向上を求められたので、来年は事前に資格取得期間をスケジュールにきちんと組み込もうと考えています。幸いにもブログ更新を不定期にしたため、時間だけはなんとか確保できそうな感じですし…。

 そうそう、そのブログに関してなのですが、今年の10月26日に目標であった1000記事投稿を達成してから不定期更新に変え、こんなにも自分と家族への時間があったのかと驚いてしまい、今に至るのですけど、来年は週1くらいでの更新をしていきたいと目論んでおります。

 書きたいことはたくさんあるんですけどね~…。そこに注力するよりも、別なことに注力していきたいので何とも。。。

 一応自分で計画した2010年からの5カ年計画がありまして、4年後に飛躍するための準備を2011年も続けていくつもりなので、そこの優先度を高くしている状態ではあります。

 自分としてはもう、その計画通りに淡々と己の成すべきことをするだけなのですが、企業や社会だけにとどまらず、日本という国がどんどん不安定化していく様を見せつけられると、自分は本当にこんなことをやっていていいのか?と頭を抱えているのも確かです。

 日本は今まさに変革という名の激動の時代を迎えており、W杯などで歓喜したのも束の間、嫌でも世界を意識しなければならなくなるような出来事が相次ぎ、政治の愚と社会の閉塞感に苛まされています。

 私的に、2011年から2020年くらいの間で、もう世界がどうなってしまうのか予想もつかないようなカオス状態に陥るような気がしていますが、世界や日本や社会や身の周りがどう変わろうとも、変化を受け入れつつ、自分の軸はブレないように、心構えだけはしていきたいと思います。

 また、悲観的なことばかり考えるのではなく、夢が広がるような、自分がワクワクすることをたくさん起こしていこうとも考えていますので、2011年もアホプラス思考で邁進していきたいですね!

 さて2011年は、一年を通して「作業」に没頭する年になりそうなので、残り少ない2010年中にもう少し思考の掘り下げをしておき、来るべき未来に備えていきたいところです。

 いつもながらの抽象的な言いまわしで恐縮ですが、来年は己の感情を殺し、ひたすらやる事を淡々とこなす一年にしてまいります。

 このブログの更新も、時期によってはまったく更新されないこともあろうかと存じますが、たま~に更新した際に、またご覧いただければ幸せな事この上ありません。

 一応明日もブログを更新するつもりなので、まだ年末の挨拶は控えておきますが、来年も良い一年にしたいと考えていますので、よろしくお願い申し上げます。
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| 自己啓発 | 18:30 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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習慣にするにはまず3週間、習慣を抜くにも3週間?

皆様お久しぶりでございます。

当ブログは1000記事到達後、3週間更新を止めていた形になりますが、意図的にブログを書くのを控えておりました。

何かを習慣化させるには、3週間=21日間続ければ、長期的な習慣になりやすい、という話しを聞いたことがある方も多いとは思いますが、それじゃあ続けていた習慣を21日間止めれば、その習慣を抜くことができるのではないか?と考えたからです。

これまで3年以上、ほぼ毎日と言っても過言ではないくらい、ブログの記事内容に思いを馳せてきたので、完全に「ブログ」というものが習慣となってしまい、更新していないと不安に感じてしまったり、もっと更新しなきゃという気持ちにさせられたりしていました。

が、さすがに3週間何もしないと、更新意欲が段々薄れてきて、次第に「ま、いっか~」という気持ちになるものですね。

これまで強迫観念に囚われていたかのような、「今日は何を書こう?」「明日はどうしよう?」という、自己への問いかけを繰り返してきた身なので、そういった心の声も聞こえなくなってきたと感じています。

はっきり「こうだ!」とは言えませんが、続けてきた習慣を抜くにも、3週間=21日間止めれば効果はありそう?な気がしています(苦笑)

しかしですね、今回は単純に「ブログの更新を21日間しない!」ということを意図的におこなっていただけであり、元々ブログの更新用に始めだした情報収集に関しては休むことも無く、びっちり続けておりますので、ブログに書けそうなネタもだいぶたまりました。

ただ、薄っぺらい内容のものを書くのはもう止めようと考えているので、ネタを吟味したうえで、このブログを読んでくださる神様のような方々にとっても、私にとっても、有益な情報となるようなものだけ提供してまいりたいです。

そういう価値貢献フィルターを通して世界を眺めて見ると、世の中の情報の大半はどうでもいいような気がしてくるから不思議なものです。本当に大事な情報というものは、世の中にそれほど多くはないように感じます。もちろん、一人一人の価値観は違うので、一概には言えませんが・・・。

願わくば、fuminchuというフィルターを通した情報が「ろ過」されるのではなく、fuminchuの中に入れた情報が、メインディッシュで食べられるような、最高の作品に加工されて出てくるようなイメージで、ブログ更新していきたいものです。

人によっては、もっと多くの幅広い情報を望む方も多いと思いますが、幅広く書くとどうしても抽象的な表現にならざるを得ず、自分の伝えたいことも希釈されてしまうような感覚があります。

そのため、玉石混交の情報を垂れ流し、悦に浸るよりも、自分の中で咀嚼しつつ、このブログを読んでいただく方々に満足していただけそうな、力のこもったものを提供する方が、よほど意味のあることだと考えています。

ニュースや情報のコピペなら誰でも出来ます。もちろん情報の選定をするにもセンスが必要ではありますが、コピペならドラッグしてコピーしてペーストするだけ。1分もかかりません。ちょちょっと主語と述語を入れ替え、表現を変えてしまえばアラ不思議、ひとつのブログエントリーとして完成・・・なんてことも可能だったりします。

もちろんコピペブログなどは如何なものかと思いますが、私も様々なニュースサイトからの情報をコピペしないまでも、内容を多少置き換えただけというエントリーを過去に書いたことがあるため、そういう手法だけは今後は避けていきます。

日々の更新をするわけではありませんから、焦る必要もないわけですし、じっくり咀嚼してから、書き綴ることが出来るのですし。

その分、より内容を問われる形になるので、私にしてみればプレッシャーとなりますが、読んでくれた方のタメになるブログ、ひいては自分のタメにもなるブログにしたい!という意識を持ちながら、今後運営していきたいと思います。

ということで、今後ともよろしくお願い申し上げます。

fuminchu
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| 自己啓発 | 19:52 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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思考法という言葉に敏感です

第3回 「戦略眼」に不可欠な4つの思考法
by @IT 「ITエンジニアのための経営戦略入門」

@ITの「~~4つの思考法」というタイトルに釣られ、ついつい新しい何かを得られるのではないか!と、勇んでリンクをクリックしましたが、残念ながら新たな示唆を得ることは出来ませんでした…。

そう簡単に新しい思考術なんて見つかりっこないというのは、理解しているのにも関わらず、新しいものを求める心を止められません…。

なんでそんなことを書いているかというと、今月の私のテーマの一つに、

「新しい思考法、アイデア創出法を学ぶ」

というものがありまして、意識してそういった書籍を読んだり、サイトを眺めるということを繰り返しています。

この思考法やアイデア創出法を、集中してインプットしている理由の一つとして、仕事上での活用が必要に迫られている、というのが挙げられます。

仕事上では、ロジカルシンキングを越えるような、新しい考え方の創出が必要になったり、多様な価値観を持たざるを得ない現在の世の中に適用できるような、そんな考え方を求められていたりして、なんとか足りない部分を補いたいと考えています。

また一方では、自分の思考の癖に気づいてしまったこと、アイデア創出法を増やしたかったこと、などの理由も挙げられます。

プライベートでは、電子絵本のシナリオを考えていた時に強く思ったことで、もっと多用な思考法やアイデア創出法を学べば、物語を創る能力がUP出来そうだということに気付きました。

どちらも自分には無いものを得ようとしているので、なかなか難しいと感じる部分もありますが、ここでやっておいた方が良いと判断いたしましたので、集中的に新しい知識のインプットと、これまで得た知識の再確認に励んでおります。

人の思考の仕方には癖があることをご存知の方も多いとは思いますが、いつも同じような思考(ここではA思考とします)をしていると、脳はだんだんそのやり方に慣れてきて、手を抜くようになります(実際にそう感じられます)。

A思考を繰り返していると、得られる成果もいつも通りのものでしかなく、最初は嬉々としていたものでも、だんだんと物足りなくなってきたりもします。また、A思考を繰り返すことにより、たいして深く考えなくとも、それなりの物を生み出せたりしてくることから、慣れによる緩慢な姿勢が顕在化されてきます。

緩慢な部分を抜かせば、A思考方式は自分の中の一部として、ルーチン化されているわけなので、便利といえば便利なのですが、このままA思考のままでいて、この先の不透明な未来に立ち向かっていけるかと言うと、「絶対無理!」だということが自分でも分かっています。

一つの「型(A思考)」を身に付け、今度は違う「型(B思考)」を身につければ、単純にAとBという思考による違った成果を生み出すことが出来ます(あくまでも机上の論理ですが…)。

これまでの自分にない、新たな思考法・アイデア創出法をたくさん身につけることが出来れば、それらをミックスさせつつ、理論上多様な成果を挙げることが可能となります。

試しに、A思考、B思考、C思考、D思考という、まったく異なる思考の「型」があったとして、その組み合わせを書いてみると…

A → 1通り
A B AB → 3通り
A B C AB AC BC ABC → 7通り
A B C D AB AC AD BC BD CD ABC ABD ACD BCD ABCD → 15通り


私の計算が間違っていなければ、上記の通りになると思いますが、思考の仕方が増えると、増えた分だけ生み出せる成果もどんどん膨らんでいきます。あくまでも概念の話しなので、必ずその数の成果が期待できるわけではありませんが、手段が増えることにより、思考の幅が広がる、という言い方は可能だと思います。

私が目指しているのはまさにその、「思考の幅を広げる」ことであり、「アイデアの創出を拡大する」ことなのです。幅を広げればより多くのものを生み出せることが分かっているのでしたら、これは広げるに越したことありませんよね!

そういった幅の広がりを、フレームワークやツールの形で、いつでも実現できるようにしておけば、そうそう悩むことも無いでしょうし、何より自分の思考に強く自信が持てそうだと思いませんか?

そんなのは空想の世界の絵空事だ!と言われればそれまでなのですが、こういった事を強くイメージ出来ているか出来ていないかにより、成果物の幅が広がるのを、簡単には否定できないのではないでしょうか。

とりあえずは、たくさんの思考法・アイデア創出法の存在を知り、自分の中に取り入れていくことを、今まさに実行中なのですが、中には自分に合わないものもあるようでして、そういったものを含めて、上手にフィルタリングしつつ、実践を繰り返し、幅を広げることに腐心していきたいです。

まだまだ全然インプットが足りないので、10月中は集中してそれ系の読書に勤しみます。
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| 自己啓発 | 20:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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一万回の思考でもって事を為す

このブログでも何度かご紹介している「人間学」にフォーカスした雑誌『致知』のメルマガで、2010年11月号の紹介をしておりましたが、その中で松下幸之助の言葉「事を為そうとすれば、一万回の祈りを捧げよ」が心に刺さりまくったのでネタにさせていただきます。

まずはメルマガの内容を引用いたします。

松下幸之助さんは

「何か事を為そうと思ったら、
 一万回の祈りを捧げよ」

とおっしゃっておりました。

祈るとは考えることです。
一つのことをこよなく考える。
一万回ということは、
一日に一回考えて三十年かかるんですね。

三回考えても十年だ。
朝に昼に夕に三十回続けていたら、
三年もすれば一万回分の知恵が湧いてくる。

石の上にも三年という諺がありますが、
そうやって物事は完成していくんです。


この、三年もすれば一万回分の知恵が湧いてくる、というフレーズに思わず唸ってしまいました・・・。

恐らく、それほどまでに考える賢人のような方は、世の中にほんの僅かしかいないのではないかとも思いますが、1日30回3年間一つの事柄について考えるくらいの気持ちであたりなさい!という戒めの言葉と私はとらえました。

そのくらい考えて初めて、一辺倒の知識が湧いてくるのかもしれません。

ともすれば私などは、数日考えた程度で大事な事を決めてきたことが多い気がしてきて、重要なことはもっとしっかり考えなければいけないなと、反省してしまいます。

これまで自分がいかに、物事をさして考えず、ものすごく考えたつもりになり、得意満面に過ごしてきたか、本当に恥かしい気持ちです…。

たまに映画などの紹介で「構想○○年」とか、ものすごく大層なフレーズを見かけますが、私はひねくれているので、「そんな○○年も、そればっか構想してるわけないじゃん」なんてたかをくくったような面持ちで読み飛ばしておりましたが、本当は1日30回3年間もの間、その構想に明け暮れていたのかもしれませんよね。

まあ、それだけ考えたからといって、本当に良いものが出来あがるとは限りませんが、少なくともそこに至るまでのウンチクは、相当な量になると思います。それこそ一角の理屈は述べることは可能でしょうね。

マルコム・グラッドウェル博士の『天才!成功する人々の法則』という書籍の中で、1万時間の法則「何事も、物事を始めてあるレベルまでいくには、1万時間は必要」というものを紹介しておりますが、この松下幸之助の話しているニュアンスと似ているなと感じました。また、イチローの「コツコツ毎日練習をする」なども通じるものがあると思います。

思考も技術習得も、日々の鍛錬が大事なのだということを、改めて教わったような気がします。最近休みの日は寝ていたいと思うことが多く、どうもダラダラしてしまいがちなので、日々の鍛錬「1日30回3年間」「1万時間の法則」「毎日コツコツさぼらない」そんな意識でもって、続けることが大切なのですよね。

当たり前のことって意外と難しいものです。

大事なことは日々気にとめておき。思考を繰り返すことを、ルーチン化していきたいですね!
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| 自己啓発 | 21:21 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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妬み(ねたみ)・嫉み(そねみ)を片隅に追いやる

以前に、勝間和代さんが流行らせた言葉「三毒追放」をご存知でしょうか?

・妬む
・怒る
・愚痴る


これらの「感情」「行為」を追放することにより、心と体の健康を保つという考えで、元は「仏教の三毒」という教えのようです。

仏教の三毒とトラウマの関係性
仏教の三毒-再掲
by 勝間和代公式ブログ: 私的なことがらを記録しよう!!

三毒
by wikipedia

私はこの勝間さんが強く推奨していた「三毒追放」に感銘を受けたのですが、これまでに様々な書籍を読んだり、心理学などの学習を進めるうちに、「怒り」と「愚痴る」に関しては、プラスの効果もあるのではないだろうかと、思いなおすようになりました。

「怒り」という感情は、場合によっては全てをぶち壊す猛毒に感じますけども、「怒り」をエネルギーに換えて目標に突き進む人や、「怒り」によってストレスが発散された、なんてこともあると思います。劇薬だけに効果は抜群で、それは毒にも薬にもなる、そんなイメージです。

「愚痴る」という行為に関して、この言葉から連想するのは「会社員が同僚や先輩後輩と酒を飲み、仕事やら家庭のことに対してクダをまく」という印象なのですが(苦笑)、これも「怒り」と同様に、心のドロドロした感情を吐き出すことで、はからずともストレス解消につながっているのではないでしょうか。もちろん、それを聞かされた人はたまったもんじゃないですけど・・・。

一般的には「怒り」も「愚痴る」も、良い印象を受けることばではなく、マイナスのイメージが強いですけど、目標達成推進力やメンタルヘルスの部分で役に立つこともあるのではないだろうか?と、私は考えています。決して悪いことばかりではないなと・・・。

問題は「妬み(ねたみ)」です。

妬(ねた)みと嫉(そね)み、この二つの言葉を合わせると「嫉妬」になります。

嫉妬心は、小説などで女性に強くある感情のように描かれることが多いですが、男も女も嫉妬する時はするものなので、男女の相違はさほど感じません。私も偉そうに書いていますが、他人に嫉妬を抱いたことは1度や2度では済みませんし、年がら年中嫉妬しているのかもしれません・・・。

嫉妬という言葉をwikipediaで調べると・・・

「自分と異なるものや、自分から見て良く見えるもの、自分が欲しい(欲しかった)ものなどを持っている相手を快く思わない感情」


こういう感情は、生きていれば必ず抱きますよね。

・あいつに出来てどうしてオレに出来ないんだ!
・自分の彼女(彼氏)なのに、他の男性(女性)になびくなんて許せない!
・弟(妹)ばかりかわいがって、自分はないがしろにされている!
・あいつは頭も良くてスポーツも出来ておまけに女性にモテる・・・ムカつく!


ちょっとした嫉妬の感情を表したものを例として取り上げましたが、女性週刊誌などに氾濫しているような、男女の恋愛のもつれとか、出世などの仕事にまつわる話しとか、気に食わないという感情からくる衝動とか、うまく世渡りしている人をひがむ気持ちとか、例を挙げればキリがないくらい、人の心に根付いている悪しき感情だと思います。

一度「嫉妬」を相手に覚えてしまうと、なかなかその人のことを良く見れないでしょうし、攻撃的な感情を覚えたり、嫌なことをしてみたくなったりと、黒くてドロドロしたものに突き動かされてしまう傾向が強いでしょう。

まさに「百害あって一利なし」なのが「妬み」とか「嫉み」という感情ではないでしょうか?「怒り」のように、推進させるエネルギーも強くないですし、「愚痴る」のように、心にたまったストレスを放出させることもありません。

そこにあるのは、ただただ鬱積された想いが詰まった、あさましい感情以外の何物でもありません。妬みや嫉みが、別の良き事に変換されるようなケースは少ないのではないでしょうかね?少なくとも私は、妬んだ相手をその後良く思った経験はありません。。。

ちょっとここで、私が「嫉妬」されて嫌な目に遭った話しをさせてください。

先日、久々にすすきので朝まで飲んだのですが、1年ぶりに訪れたスナックで、ビジュアルの良い女の子に接客され、別に何の気なくたわいも無い話しをしていたら、どうやらその女の子を狙っていたと思われる泥酔したチンピラのような二人組みに散々絡まれて、ものすごく気分が悪かったです・・・。

1年に1回しか行かないようなところで、たまたま応対したホステスさんに横恋慕した男の「嫉妬心」に攻撃され、高いお金を払って嫌な気分にされ、店の人から何度も謝られて逆に申しわけなく感じたりと、まーまーまー、誰も良いことなんて無いですよね(笑)

そのホステスの女の子曰く「いつもしつこくて困っている」と話していたので、嫉妬男もきっと男を下げているということになるのですから、本当に誰も得をしていない形になります。

ずいぶんひどいことを言われたので、その場では憤慨していた私ですが、たまたま「三毒追放」のことが頭に浮かび、「妬み」という感情の虚しさが身に染み、逆にその嫉妬男が哀れに思えてきました・・・。

まあ、この件があったことで、貴重なブログネタを一つ思いついたということで、嫉妬男にも感謝せねばならないのですがね(苦笑)

しかし、よく考えてみると、「妬み」というような感情がきっかけになり、「怒り」や「愚痴」につながっていくのかもしれませんよね!そう考えると、ますます「妬み」がいかに害悪をもたらすかが分かります。

私もいつ「嫉妬」する側に回るかわかりませんので、せめて「妬みは危険」という、己の感情を制止する言葉が頭の中に流れてくるような、そういう精神状態でいたいものです・・・。

相手を妬みそうになった時には、一つだけでもいいから、その人の「良い部分」を見つけて、そこに意識を集中させるようにしたいと思います。一つでも相手の良い部分に着目できると、そこを感情の逃げ道にできますからね!

皆さんも、くれぐれも「嫉妬心」には注意した方がいいですよ~。

自分も周囲の人も損をする

それが「嫉妬心」ですから・・・。

気をつけたいものです。
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| 自己啓発 | 23:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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量稽古は終わらせ「質」にこだわる

ついこの間まで「暑い~(熱いかな・・・)」なんてヘタっていたのが夢のようですが、2010年も残りあと3ヶ月を切りました!まだやり残りしていることが多いので、実は切羽詰った感が強くてですね、慌ててあれこれと、するべきことをこなしております。計画的に加速して動かなければ、あっという間に年末・新年を迎えてしまいそうで恐ろしいです!

さて今回はタイトル通り、

量稽古は終わらせ「質」にこだわる

ということを書いていこうと思いますので、よろしければお付き合いください。

ここで書いている「量稽古」とは、これまで私が身につけようと学んできたスキルや、知識、考え方など、集中的にインプットしてきたものを指しており、おもに書籍から得たものが大半です。

そういったものを体系的にまとめあげ、抽象的な概念ではなく、きちんと言語化して後で見返すことができるものとして、まとめあげようと考えています。

その「まとめる」部分が「質」に該当するという認識です。

多読家の方に比べれば屁のようなものかもしれませんけど、私もそれなりに本を読んでおりまして、その中でも「これは素晴らしい!」という本や、集中的に学習したある分野の書籍群とか、そういったものを自分で分けたカテゴリーにまとめあげる作業をしておこうという試みです。

例えば・・・

ものすごいプレッシャーの中で結果を求めらた場合、どういう思考法をとればよいか?


こういうシーンは普通に暮らしていれば発生しないのかもしれませんが、ある日突然ものすごい逆境の中で何かをしなければならない時がくるかもしれません。その時になって「どうしよう?困った・・・」とただ嘆いていても何も始まりません。

そんな時にはこういう考え方でもって、こんな段取りで進めて、最終チェックはこんな風に・・・など、頭の中に1本筋が通ったロジカルで間違いない方法論があれば、慌てることもありませんし、余計なものにパワーをかけることもありませんよね。

もう一つの例として、

新しいことを始めなければいけなくなった時に、どういった方法で進めていくのがBESTであるか?


というシーンがあったとして、すぐに頭の中に良い方法が浮かぶ人はあまりいないのではないでしょうか?自分は以前こうやってうまくいったからこういう方法で、という自身の成功体験からくる経験でもってコトにあたる人が大半だと思います。

そこを体系立てた思考法でもって、進めていくことで、最短距離かつ的確に歩を進めることができるでしょう。

これまで読んできた書籍群は、そういった知識で溢れているため、せっかく読んだ時は腑に落ちたものが、いつの間にか忘却の彼方へ消え去り、結果読んでいないのと同様になります。

「そんな時はAという本の○○ページを読めばいい!」というやり方もあるのですが、いずれは息子達に引き継がさせていく知恵でもありますので、きちんと言語化して分かりやすい体裁に整えておきたいと考えています。

そういうこともあって、下記エントリー

スキャナーを買って電子化を推進します!
またマインドマップを学び直そうかと
by 気になるけど

などを意識して書いている面もありますので、知識のまとめと電子化も同時に進めていきたいですね!

年末に向けてスパークしながら、やるべき事を進めてまいります!
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| 自己啓発 | 22:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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理想は毎日楽しく生きること

手に職がないこと--言葉のトリックの仕業について考えてみた
by 日経ビジネスオンライン“しーマン”の独立独歩

人気ゲーム「シーマン」の作者であり、ゲーム開発会社ビバリウムの代表取締役社長の斉藤 由多加さんのコラム「“しーマン”の独立独歩」の記事を読んでいて、思うところがあったのでネタにさせてもらいます。

記事中で手に職がないと嘆く人のエピソードがありましたが、これは昔の私の悩みそのものでして、IT業界に飛び込む前は、自分には何にも無いということばかり考えていました・・・。

今は何か手に職があるのか?と問われれば、答えに窮してしまいそうですが、一応なんちゃってSEとして、業務経験とか職務経歴書に書けますし、資格もいくつか所持しているので、堂々とは書くことが出来ます。
※たいした資格ではないのですけどもね・・・

でも、今の実務経験を活かし、独立して仕事が回るかと問われれば、相当厳しいと答えざるをえません・・・。どうすれば年間数百万という、今くらいの収入を得ることが出来るのか、さっぱり見当もつきません(笑)

人生独立が全てではないので、サラリーマンをしつつ、多方面で活躍することだって出来ますし、選択肢は1つではありません。

そんなことを思いながら、上記記事を読み進めていたところ、

プロセスを一つひとつにばらして、そこに新しい名前を付ければいいのではないか?


というところで、目が止まります。

今の自分に出来ることを、新しい「職業」として名前付けしてしまうというのは、なかなか大胆な考え方だなと思いました。

以前、ネットビジネスの出始めのころに、自分の得意なものを割り出して、専門家として名乗ってしまおう、的なことを推奨していた人がいたのを思い出しましたが、ようするに他の人とは自分は違うんだよという、一種の差別化ですよね。

Aさんはプログラミングしか出来ないけど、私はプログラミングに加えネットワークにも詳しい!と喧伝すれば、例えプログラマとしての実力はAさんの方が上だとしても、何か特別な感じが漂ってきますよね!

そこで信頼されるような仕事をきちんとすれば、おそらく信用は得られるでしょうし、名前負けしないようになるでしょう。

では自分は何と名乗ればよいか?ということを考えた時に、ユニークなセールスポイントがほとんど浮かびません…。ちょっと本好きで、ITにもそこそこ詳しく、電子書籍のシナリオなんかも手がける変な人(笑)、という感じでしか思いつきません。。。

自分はいったい何と名乗ればよいのでしょうかね??

私の理想は、毎日自分のやりたいことを思いっきり楽しむ、ことなので自分の興味あることを時間を忘れておこない、それでいて収入も普通に入ってくれば、最高の環境ですよね~。

まあ、そんな理想を実現するには相当な努力と運が必要だとは思いますが、楽しいと思いながら毎日生きることは出来そうですよね。嫌なことが起きてもプラスに考えてしまえばいいのですから。と、簡単に書きましたが、なかなか難しいものです。

出来事に対して意味づけするのは、あくまでも自分の心なのですから、どうせならなんでもプラスで考えられるようにしたいものです。

理想は毎日楽しく生きること。

そしてそれは、ユニークな生き方につながっていき、やがてオンリーワンの生き方に向かってく道なのではないかなと考えています。

できれば死ぬ間際に「最高の人生だった!」と、言いたいものですな~。

明日からは10月、2010年も残り3ヶ月しかありませんので、悔いなく、楽しく過ごしていきます!!
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| 自己啓発 | 23:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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事前に決めておけば楽になる

先日、人間ドックを終え「脂肪肝」という診断をされた私ですが、診療所が混んでいたせいもあり、ずいぶんと待ち時間があったため、色々と思考をめぐらせていたのですが、ふとある事が腑に落ちたので、そのことについて書こうと思います。よろしければお付き合いください。

人間ドックを受けるために、自宅から会社指定の診療所まで、車で1時間以上かかるのですが、当日は天気も悪く、寝不足で体調もあまりよろしくなかったこともあり、気分的にあまりすぐれない状態で、車の運転をしておりました。

普段あまり通らない道を走っていたのですが、平日の通勤時間ということもあり、とにかく運転が荒い車が多くて、イライラが募ってしまいました・・・。

特にひどかったのが、数台のトラックでして、散々あおられたあげく、無理矢理前に割り込まれて急ブレーキをかけられたり、尋常じゃないくらい車線変更を繰り返し、おまけにクラクションは鳴らすわ、エアブレーキのプシューッ!という音が耳障りだわ、珍妙なマフラーから放たれる金属音はうるさいわ、周囲を走る車は迷惑千万このうえない!という感じでした(苦笑)

私は時間的に余裕があったので、まあ先に行けよというスタンスだったのですが、そのトラック達に反抗する乗用車が次々に出てきたりと、あまりにもレベルの低い走りにゲンナリしてしまいました・・・。

そうしてモヤモヤした状態で診療所に到着した後、受付にてまた困ったことが起こります・・・。どうやら私が持参した、人間ドックの書類にいくつか不備があったようで、受付の方に「これダメですよ!」とか「ちゃんと見たんですか?」とか、会社指定でなければ二度と受診しねぇーよ!と捨て台詞をはきたくなるようなことをクドクド言われ、しょんぼりしておりました。

さらに、お医者さんの問診を受けるため、ロビーで待機していたのですが、いつまでたっても名前が呼ばれないので不思議に思っていたら、私の名前を呼ぶ声が別のところから聞こえ、「名前を呼んだのにどこに行っていたのですか?」と追求されたので、意味がよくわからず、押し問答をしていると、どうやら私が胃の検査をしている最中に、名前を呼んでいたようで、当然それが聞こえるはずもなく、明らかに診療所側の不手際だったので、看護婦さんに頭を下げられたりと、散々な午前中でした・・・。

こういう日は、いつもならば「今日はツイてないな~」と嘆き落ち込んでしまうことが多いのですが、なんせ待ち時間が長かったものですから、コレは何か意味があるに違いないと、イライラしていたので、なるべくプラス思考で考えてみたところ、冒頭の腑に落ちる内容が頭に浮かびます。

それは、事前に決めておけば良かった!ということです。

普段あまり利用しない道路を、通勤時間に走行するということは、その道路の交通事情を知らないということでもあるため、何があっても怒らない!とか、割り込みには素直に道を譲ってあげる!とか、事前に決めておけば良かったのですよね。

事前にハラを決めていれば、それはすでに想定済みの内容というように心が判断してくれますので、未知のことに対する不安とかイライラが募りにくくなります。

同様に診療所に到着した際、すでにものすごい混雑が見てとれたので、「これは殺気立っている人がいるかもしれないから自分は冷静でいよう!」とかそういうことを決めておけば、嫌なことを言われても「混んでいるからイライラしてるのだ」とか、「混んでいるから不手際が起きるのだろう」などと、少なくとも心では想定済みとして対処できると思います。

不思議なもので、そういう具合に考えているだけで、嫌なこととか、イライラするようなことが打ち消されていき、どんどん心がクリアになっていくのを感じました!

事前に対処法を決めておけば、結構嫌なこととか起きても耐えられるものです。

私は仕事上ではこの手法をよく使うのですが、プライベートやそれに近い状況の時には、あまり意識したことがないので、普段からも「事前に対処法を決めておく」ということを実践していこうと思いました。

仕事では、「あのお客様のところに行けばきっと怒られるから、どれだけ怒られても申し訳ありませんと頭を下げ続けよう!」と決めてから伺うようにしていたりするので、もっと生活の中でも取り入れていきたいですね。

この「事前に対処法を決めておく」という考え方は、株式会社武蔵野の小山昇社長の書籍やメルマガで教えられたことなのですが、仕事以外でも使えますね!

明日はどんなことを決めておこう?

なるべくマイナスなことをプラスで打ち消せるような、そんな決め事を多くストックしておくことも大事なのでしょうね。

結局は世の中の事象を、自分の中でどういう風に捉えるか?というところに繋がっていくんだよなぁ~。人生プラス思考でまいりたいですね!
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| 自己啓発 | 23:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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5年前の自分が今の自分を形成する

堀之内九一郎の名言1
by 世界の名言・名著

「五年前にあなたは何をしていたか?
 その答えが『いま』である」


マネーの虎で暴れん坊社長の印象が強かった、リサイクルチェーンの株式会社生活創庫の代表取締役でもある堀之内九一郎さんの名言を紹介しました。

5年前に自分がしていたことの結果が今の状況である、というなんとも耳が痛い箴言ですが、今から5年前のことを想い浮かべてみると、確かに現在のうだつのあがらない自分の姿も納得出来ます(情けない)。

5年前と言えば、ビジネス書などの本を多読しだした頃であり、もちろんこのブログなんて始めてもおらず、自分の将来像を描けずに苦しんでいた頃でもありました(今もたいして変わりはないですけど…)。

そうそう、子どもがまだ小さく、この子のために自分は何を出来るかと、日々悩んでいたのが懐かしいですね…。
※今も悩んでいますが。

もしあの頃に何か違う行動をしていたら、恐らく今の自分の姿は無かったのではないかと思いますが、過ぎたるは及ばざるがごとし、5年前の自分をいくら嘆いてみても、今は変わりません。出来れば未来志向でまいりたいのですが、幸いなことに私は当時の状況を2週間日記というもので窺い知ることができます。

当時何をしたかったのか、何を求めていたのか、どうなりたかったのか、そういうことをすぐに振り返ることが出来るというのは、実はとてもありがたいことではないかと、今更ながら気付きました!

昨年末(2009年末)に下記エントリー、

10年前の自分と比較して今の自分は誇れるか?
by 気になるけど

を書いた際にも、10年前の自分に対しての想いを綴っておりますが、記録を残しておくことで、当時の情景が頭に浮かび、懐かしさが募るのですが、出てくる言葉は「反省」ばかりで、成長していないな~自分…と思い知らされることになります…。

しかし、そういった定点観測的なことを、自分一人で測って改善点に気付けるというのは、ラッキーなことではないかと感じます。恐らく日記などをつけていないと、5年前の自分の姿を正確に思いだせる人は、極わずかでしょう。

たいてい、出来ごとだけを思い浮かべるだけだと思います。当時に考えていたこと、当時に悩んでいたこと、当時に思い描いていたことなんて、簡単には思い出せないはずです。人は忘れやすいですから。

しかし、当時の想いを綴っておくことにより、すぐに今の自分との対比が可能でして、5年やってダメならコレはもうあきらめようとか、5年かけてようやく形を成してきたな~とか、長期スパンの目標を俯瞰することが出来ます。

そのため堀之内さんの言葉が、より重く心にのしかかってくることになり、その言葉の意図するものが身にしみて理解できるようになります…。

この言葉を見て、改めて己のゆっくりとした成長ペースではいけない!と自分を叱咤激励させてもらいました!

もし今このブログを読んでいる素晴らしいあなたが、5年前に自分がどういう想いでいたかということを正確に思いだせないならば、今すぐノートなどに現状の自分の姿をメモっておくことをお奨めいたします。

出来れば定期的に日記まではいなかくとも、想いを綴っておき、後に振りかえることが出来るようにしておくと、過去の自分との対比がすぐ出来るようになります。恐らく反省の言葉しか出てこないでしょうが、歴史(過去)から学ぶことが出来るでしょう。

365日×5=1825日

これだけの長い期間があれば、もっとたくさん色々なことが出来たであろうと、なんとも惨めに感じますが、この惨めさを糧にし、過去の過ちを繰り返さないよう反面教師にして考え、もっと加速して己を高めていかなければいけません。

幸いにも、2010年はまだ3カ月ほどありますので、この残り100日弱で、自分が何を成せるのか、もう一度自分自身に問うてみたいと思います。

がんばります!!
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| 自己啓発 | 23:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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